森下・カフェ ダモイ「チキンキエフ風カツレツ」

グルメ

江東区で、ウクライナの伝統料理「キエフ風カツレツ」が食べられるのはここだけです。

2020年4月、森下にオープンしたロシア料理店。

カフェ ダモイ(森下3-13-6)
チキンキエフ風カツレツ(1000円)

何かを「知りたい」と思ったときに「食」は最も身近で手軽な入口になります。

「キエフ風カツレツ」は、伝統的なウクライナ料理が起源。今回初めてオーダー。「ライスかブリヌイを選べます」と言われて、ブリ…縫い…???となっていたら、ブリヌイはロシアのパンケーキのようなものです、と教えてくれました。もちろんブリヌイを選択。隣の人もチキンキエフ風カツレツをオーダーしていて、ブリ…縫い…???となっていました。このお店には遠方からロシア人のお客様もいらっしゃるそうですが、全員、ブリヌイを選択するそうです。

ランチセットには、このお店で一番人気の「ボルシチ」が付いてきます。めっちゃおいしー!おかわりしたくなるぐらい!

ちなみに、ウクライナ語で「おいしい!」は、Смачно(スマーチノ)、ロシア語ではВкусно(フクースナ)です。ロシア人はウクライナ語を多少理解出来ますが、話すことは出来ないそうです。

18世紀、ウクライナの大部分はロシア帝国領になりました。このとき、ウクライナ語は文化的な言語という位置づけではなく、農民が使う言葉として扱われており、ウクライナ語を使う文化人は激しい弾圧を受けました。

20世紀、ソビエト連邦が成立し、ウクライナは共和国となりました。ようやくウクライナ語は文化的ツールとして扱われ、この時期に様々なウクライナ語の小説、戯曲等が誕生しています。

しかし、スターリンの時代から第二次世界大戦後、ウクライナ語は、民間で使われはするものの、ロシア語の優位性が高い状況が続きます。当時、ロックミュージックなどの西洋文化から強い影響を受けた若者たちは、ロシア語に翻訳された音楽雑誌等を読み漁り、ウクライナ語離れにさらに拍車がかかります。

1991年、ようやくウクライナが独立国家となることで、ウクライナ語は公用語になります。しかし長年の紆余曲折により、ウクライナ語を上手に使えないウクライナ人も多く、悩ましい問題となっています。

食事に戻りましょう。

「中に溶けたハーブバターが入っています、ゆっくり切ると飛び散りません」とレクチャー。慎重にナイフを入れていきます。熱々のチキンから流れ出るハーブバターの香りが食欲を刺激します。

キエフ風カツレツは、別名「チキンキエフ」といいます。このお店では鶏のひき肉でハーブバターを包み、衣をつけて揚げていますが、伝統的なチキンキエフは手羽元の骨をつけたまま調理します。

「チキンキエフ」は1912年にサンクトペテルブルクの会員制レストラン「商人クラブ」で発明されました。正式名称は「新ミハイロフスキー・カツレツ(コトレータ)」。その後、ロシア革命の混乱でレストランも料理も消滅してしまいます。

1947年、某ソビエト料理店で改めて「コトレータ」がウクライナの外交官たちに供され、チキンキエフ(ロシア語: котлета по-київськи、キエフ風コトレータ)に改名されました。※諸説あり

余談ですが、1991年8月、当時の米大統領ブッシュが、ソ連からの独立を求めるウクライナ人の政治姿勢を自滅的ナショナリズムと呼び、自制を求めるために行ったキエフでのスピーチに対する蔑称として、ニューヨーク・タイムズがチキンキエフという名を使用した経緯があります。チキン=臆病者のアレですね。

ロシアを筆頭とする大国に翻弄されてきた長い歴史が、その言語や料理にも見え隠れするウクライナ。

日本では今、民間による募金活動が始まったり、ロシアに対する経済制裁案が具体的になってきており、個人でも何かウクライナのために出来ることは無いか、と考える人が増えてきました。

異なる国の人々に対して何らかの行動を起こす時に、まず、その国や人々を知ることはとても大切です。

その最初の一歩は、その国の伝統料理を食べることからも始めることができます。